いま、最もなりたくない病気として「認知症」が挙げられることが多く、がんを上回る結果となっています。認知症のイメージには、意思疎通の困難さ、徘徊、攻撃性、介護負担の大きさなどがあります。発症すると「自分を失う」「人様に迷惑をかける」恐怖から認知症になりたくない人が多くいます。しかし、認知症は急になるわけではなく、軽度認知障害(MCI)という前段階があり、そこで気づけば健康な状態に戻ることができる場合があります。また、早期に適切な治療を行うことで進行を遅らせることが可能です。
認知症について
認知症とは、脳の機能が障害され、日常生活に支障をきたす病気です。物忘れや判断力、理解力などの障害が進行し、最終的には寝たきり状態になる可能性もあります。
認知症とは
「認知症」とは、様々な病気により、脳の神経細胞の働きが徐々に変化し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障を来した状態をいいます。高齢化が進む中、認知症の診断を受ける人が増加しています。2022年度の調査によると、65歳以上の高齢者の約12%が認知症、約16%が軽度認知障害(MCI)と推計され、合わせて3人に1人が認知機能に関連する症状を抱えています。ただし、MCIのすべての人が認知症に進行するわけではありません。また、65歳未満で発症する「若年性認知症」は平均54歳で発症し、男性にやや多い傾向があります。認知症は誰にでも発症する可能性があるとされています。
主な認知症の種類
認知症の主な原因は「変性疾患」で、特にアルツハイマー病、前頭・側頭型認知症、レビー小体型認知症が含まれます。次に多いのは脳血管性認知症で、脳梗塞や脳出血、脳動脈硬化により神経細胞が栄養や酸素不足で死滅し、神経ネットワークが損なわれることが原因です。認知症の種類について代表的なものは、次のとおりです。
アルツハイマー型認知症
長い年月をかけて脳内に蓄積されたアミロイドβなどの異常なタンパク質が神経細胞を破壊し、脳の萎縮を引き起こすアルツハイマー病が原因で発症する認知症です。初期段階では、過去の出来事はよく覚えているものの、最近の出来事を忘れてしまうことが多くなります。病状は徐々に進行し、最終的には時間や場所の感覚が失われたり、状況に応じた判断が難しくなったりします。
血管性認知症
血管性認知症とは、脳梗塞や脳出血によって一部の神経細胞に十分な栄養や酸素がいき渡らなくなる脳血管障害が原因となり発症する認知症です。高血圧や糖尿病などの生活習慣病が主な危険因子です。脳血管障害が起こるたびに段階的に進行し、障害を受けた部位によって症状が異なります。認知症状だけでなく、運動麻痺や言語障害などが起こることもあります。原因が同じ脳卒中であっても、人によって認知症の症状が異なる点は、血管性認知症の大きな特徴です。
レビー小体型認知症
「レビー小体」と呼ばれる異常なタンパク質が脳内を中心に蓄積しながら、神経細胞が破壊されるレビー小体病が原因となり発症する認知症です。
レビー小体が、脳の大脳皮質(思考の中枢的な役割を持つ部位)や脳幹(呼吸や血液循環を担う部位)にある神経細胞内に溜まり、脳の神経が破壊されてしまうことで起こります。
アルツハイマー型認知症とは、脳の神経を害するたんぱく質の種類が異なるほか、レビー小体型認知症では現実にはないものが見える(幻視)、妄想、手足の震え・歩幅が小さくなるといったパーキンソン症状が目立ちます。
アルツハイマー型認知症と比較して、男性への発症が多いことも特徴です。アルツハイマー型認知症と同様に根本的な治療方法はまだありませんが、投薬により症状の進行を遅らせることが可能です。
前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症は、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮することによって血流が妨げられ、発症する認知症の一種です。このタイプの認知症は全体の1.0%を占めており、他の3種類に比べて割合は少ないです。
主な症状は、感情のコントロールが難しくなったり、社会的なルールやマナーを守れなくなる(例えば、万引きや無銭飲食など)、徘徊するなどの性格の変化や異常行動が見られます。また、言葉が出にくくなったり、言い間違いが増えたりするなど、物忘れに似た症状もあらわれます。前頭側頭型認知症は他の認知症とは異なり、指定難病として認定されています。根本的な治療法は存在しませんが、一般的には投薬などによる対症療法が行われます。
認知症の症状とは
認知症には、記憶障害や見当識障害などの認知症の脳の機能低下によって直接引き起こされる中核症状と、中核症状を原因として二次的に起こる行動や心理からあらわれる妄想や徘徊などの周辺症状があります。また、認知症の種類によって、さまざまな身体症状が現れることもあります。
中核症状
脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下などが中核症状と呼ばれるものです。 これらの中核症状のため周囲で起こっている現実を正しく認識できなくなります。
脳機能の低下が主な原因で、 「今いる場所や家族がわからなくなる状態」や「食事を摂ったかどうかを忘れてしまう」といったほぼ全ての認知症患者にでる症状です。
行動・心理症状(BPSD)
周辺症状とは、認知症の症状のうち、中核症状を原因として二次的に起こるものをいいます。行動・心理症状はBPSD(BPSD; Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia・認知症の行動・心理症状)と呼ばれ、中核症状である認知機能障害とは別に患者本人の生活の質を低下させたり、介護負担を増やす原因になります。 BPSDには幻覚、妄想、興奮、不穏、徘徊、焦燥、社会的に不適切な言動、性的逸脱行為、暴言、抑うつなどが含まれます。
軽度認知障害(MCI)は認知症の前駆症状
軽度認知障害(MCI)への内部リンクをお願いします。
アルツハイマー病による認知症(アルツハイマー型認知症)には、認知症になる一歩手前の段階があり、この段階を「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」と呼びます。軽度認知障害(MCI)は、正常な状態と認知症の中間であり、記憶力や注意力などの認知機能に低下がみられるものの、日常生活に支障をきたすほどではない状態を指します。 会話の中で言葉がスムーズに出てこなくなり、話していたことを数分後には忘れてしまうなどの症状が特徴です。認知症の一歩手前の状態とされる軽度認知障害(MCI)の段階で早期に発見し適切な対策をとれば、MCIを改善したり、認知症の発症を予防できる可能性があります。
認知症の進行を食い止めるには
一度発症してしまった認知症は、完治させることは難しいですが、進行するのを防ぎ、症状の悪化を遅らせることは可能です。認知症の進行を遅らせるための主な対策は、以下のとおりです。
- 中核症状への薬物療法
- BPSDに対してはまず非薬物療法から
- 軽度認知障害(MCI)なら改善の可能性も
中核症状への薬物療法
認知症の進行を遅らせるには、中核症状の薬物治療が有効とされています。
中核症状の薬物治療は、主にアルツハイマー型認知症の進行を遅らせる目的で行われます。代表的な薬としてアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬などがあります。
これらはアルツハイマー型認知症の中核症状に効果があり、ドネペジルはレビー小体型認知症にも適応があります。コリンエステラーゼ阻害薬はアセチルコリンの分解を防ぎ、情報伝達を改善して認知機能低下を抑制します。一方、NMDA受容体拮抗薬は神経細胞の過剰活性化を抑え、認知症の進行を遅らせます。
近年は、アルツハイマー病の要因とされる脳内のアミロイドβを取り除いて、アルツハイマー病による軽度認知障害と軽度の認知症の進行を遅らせることが期待される抗アミロイドβ抗体薬による治療も行われています。最新の認知症治療の研究では、レカネマブに加えドナネマブなどの抗アミロイドβ抗体医薬が注目されています。薬の使用に当たっては、投与が適切か様々な観点から検査・診断が必要になりますので、まずは医療機関を受診しましょう。
BPSDに対してはまず非薬物療法から
行動・心理症状(BPSD)が見られた場合は、非薬物的介入を対応の第一選択とするのが原則で有り、行動・心理症状(BPSD)に投薬をもって対応する場合においても、生活能力が低下しやすいことや服薬による副作用が生じやすいことなど高齢者の特性を考慮した対応がなされる必要があること等を「ガイドライン」されています。
非薬物療法とは、薬を使用せずに、リハビリテーションや心理療法などの治療的なアプローチを行うことです。脳を活性化したり、精神を安定させたりする効果が期待できます。
軽度認知障害(MCI)なら改善の可能性も
認知症の手前の状態である軽度認知障害(MCI)は、認知機能の低下はあるものの、日常生活への影響はあまりない状態です。軽度認知障害は進行して認知症に移行する可能性もありますが、この段階で適切な介入を行えば、認知症への移行を遅らせることができたり、元の状態に回復したりする可能性もあります。軽度認知障害の段階で認知機能の低下に対処するためには、「物忘れが増えてきた」「今まで問題なくできていた作業に時間がかかるようになった」など、自身やご家族が日常生活での変化を感じた段階で早めに医療機関を受診することが重要です。
認知症に関するよくある質問
当院に寄せられる「認知症に関するよくあるご質問」にお答えします。
コーヒーは認知症の予防になりますか?
新潟大学の研究でコーヒーなどのカフェインを多く含む飲料を多く摂取することで認知症のリスクが低減するというデータが発表されているようです。
- コーヒーを飲む習慣は、認知症の発症リスクの減少と関連している
- コーヒーを1日に2~4杯飲んでいる人は、アルツハイマー病の発症リスクが21%低い
- コーヒーを飲んでいる人は、心臓病や脳卒中のリスクが低く、寿命が長い傾向がある
(参考:新潟大学研究:日本人高齢者におけるコーヒー、緑茶、カフェインと認知症リスクの関連)
認知症と診断されれば自動車免許はどうなるの?
医師から認知症と診断された場合、道路交通法に基づき運転免許は取り消されるか、停止されます。
運転免許証の更新期間が満了する日が75歳以上のドライバーは、認知機能検査を受ける必要があります。免許更新時に実施される認知機能検査や臨時認知機能検査の結果、記憶力や判断力が低下していると判断された場合(認知症の可能性があるとされる場合)、臨時適性検査の受検や主治医の診断書の提出が求められます。その結果、認知症と診断された場合は、運転免許の停止または取り消しの対象となります。ただし、6か月以内に回復の見込みがある場合は運転免許が一時的に停止され、認知症と診断されなければ、高齢者講習を受講することで免許の更新が可能です。