慢性心不全

少し動いただけで息切れや咳が出たり、体がむくんだり、全身にだるさや倦怠感が生じる場合、それは慢性心不全の症状かもしれません。慢性心不全の症状は初期段階では自覚しにくく、進行が緩やかであるため、気づいたときにはかなり進行していることがあります。心不全の予後を改善するためには、早期に発見し、適切な治療を受けることが重要です。

慢性心不全とは

心不全とは心臓のポンプとしての機能が悪くなった結果体が必要とする十分な血液を心臓が送り出すことができず、息切れや体のむくみなどの症状がおこる病気です。慢性心不全は心臓に負担がかかり続けることで徐々に進行していくため、症状に気づいたときには悪化している場合もあります。

心不全ってどんな病気なの?

心不全はさまざまな原因から生じる病態、症候群であり、病名ではありません。

『心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気』と定義されています。一概に心不全と言っても、原因や自覚症状は人によって様々です。

心不全の種類には、急性心不全と慢性心不全のほか、左右どちらが障害されているのか、重症度はどの程度かなど分類の方法がいくつかあります。

1.急性」と「慢性

これは異なる病態と考えるのではなく、ひとつの疾患の経時的な変化でとらえます。

急性心不全は、心機能の異常によって急激に心臓の代償機転が破綻してしまうもので、すぐに治療を行わなければ生命に危険が及びます。
治療によって症状や臓器障害が落ち着けば自宅に戻ることが可能ですが、心臓は発症する前の状態に戻ることはなく、常に不安定な状態にあります。この状態を慢性心不全といいます。

2.心臓のどの部分の機能が低下しているかの分類

心不全にはさまざまな症状がありますが、心筋収縮力の低下が起きている心室が左右どちらなのかによっても症状は異なります。

左心室が原因で起こる心不全「左心不全」右心室が原因で起こる心不全「右心不全」
両方悪くなる「両心不全」もしばしばあります。左心不全が続くと、右心室の心筋収縮力にも影響が及び、両心不全に至るケースが多いとされています。
症状労作時呼吸困難、発作性夜間呼吸困難、起坐呼吸など足の浮腫、肝臓が腫れる(肝腫大)、腹水が溜まる、頸静脈が怒張するなど
原因左室から大動脈に十分な血液を送り出せなくなること右室から肺に血液を送り出す力が弱まること
特徴肺循環系のうっ血体循環系のうっ血

3.検査時のLVEF(左室駆出率)による心不全分類

心不全の治療方針を決める際に使われるのが検査時のLVEF(Left Ventricular Ejection Fraction:左室駆出率)による分類です。左室駆出率とは、心臓が1回収縮するたびに左室拡張末期容積の何パーセントの血液が全身に送り出されるかをみるものです。

拡張不全(HFpEF)左室の拡張障害があるが、収縮機能は保たれた心不全(左室駆出率50%以上)
収縮不全(HFrEF)左室の拡張障害があり、かつ、収縮機能が低下した心不全(左室駆出率40%未満)
軽度収縮不全(HFmrEF)左室の拡張障害があり、かつ収縮機能が軽度低下した心不全(左室駆出率40~49%)

4.LVEFの経時的な変化による分類

LVEFは、心不全の経過の過程で改善したり悪化したりすることがあり、その経時的な変化が予後に関連するといわれています。LVEFが改善した心不全(HFrecEF)は比較的予後が良いとされ、LVEFが悪化した心不全(HFworEF)は予後が悪いといわれています。

発症時追跡時
LVEFの保たれた心不全(HFpEF)LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)LVEFの低下した心不全(HFrEF)
LVEFの保たれた心不全(HFpEF)HFuncEFHFworEFHFworEF
LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)HFrecEFHFuncEFHFworEF
LVEFの低下した心不全(HFrEF)HFrecEFHFrecEFHFuncEF

・HFrecEF(Heart failure with recoverd ejection fraction):LVEFが改善した心不全

・HFworEF(Heart failure with worsened ejection fraction):LVEFが悪化した心不全

・HFuncEF(Heart failure with unchanged ejection fraction):LVEFに変化がない心不全

慢性心不全と急性心不全の違い

心不全は、症状が進行するスピードの違いから慢性心不全と急性心不全に大別されます。

慢性心不全では、心臓に負担がかかり続けることで徐々に症状が進行します。慢性心不全が急激に悪化することで急性心不全となることもあります。急性心不全は突如発症し、急速に症状が進行します。

急激に発症する急性心不全の場合、強い呼吸困難や喘鳴(ぜんめい)があらわれることが多いため、見逃すことはほとんどないでしょう。しかし、徐々に進行する慢性心不全の場合には、見逃されることが多いため、注意が必要です。

むくみ、寝ているときに感じる呼吸困難、動いたときに感じる息切れ、疲れやすさ、乏尿、腹部膨満感、体重増加、便秘などは、心不全の症状である可能性があります。これらの症状がある場合には、すぐに医師に相談していただくことをおすすめします。

慢性心不全の原因

慢性心不全の原因としては、心臓の病気生活習慣病などがあります。代表的なものとしては、虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)、心筋症(高血圧性、拡張型心筋症、心筋肥大症)、不整脈、弁膜症などがあります。原因に合わせて適切な治療を行う必要があり、原因精査が重要となります。

慢性心不全の原因疾患とは

慢性心不全は心臓そのものの病気だけでなく、心臓以外の病気によっても引き起こされます。慢性心不全を引き起こす心疾患には、次のようなものがあります。

  • 心筋梗塞:心臓の筋肉を養っている血管(冠動脈)が詰まって心筋が壊死する病気で、心臓が十分に血液を送り出せなくなり、心不全を引き起こします。
  • 心筋炎:心筋に炎症が起こる病気で慢性化すると、拡張型心筋症などの心筋症に移行し、心不全に至ることがあります。
  • 心臓弁膜症:心臓の弁の働きが悪くなることで血液が逆流することが原因です。
  • 先天性心疾患:生まれつき心臓に異常がある状態であり、心房中隔欠損症や心室中隔欠損症などの先天性心疾患では、血液が逆流して心機能が低下し、心不全を引き起こすことがあります。心腔や弁膜などが生まれつき正常でないため、心臓に負荷をかけ、機能不全を来し、心不全に至ります。
  • 高血圧:慢性心不全の原因として、最も多いものの1つです。高血圧が続くことで心臓に負荷がかかり、そのために心臓が肥大した結果、心臓の負担がピークに達して心不全に至ります。
  • 不整脈:心不全だから起こりやすい不整脈として、代表的なものは心房細動や心室細動があります。心房細動のある心不全患者さんは、心不全が増悪しやすいのが特徴です。
  • 肺高血圧症:肺高血圧症は、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が上昇する病気で、心臓の右側に長期にわたって大きな負担がかかることで右心室が肥厚したり拡大したりして肺性心という状態になります。肺性心になると、心臓が働きすぎて大きくなり、負担に耐えられなくなると右心不全になります。

慢性心不全を悪化させる要因とは

生活習慣病や心疾患以外の疾患も心不全の原因となります。以下のような要因で慢性心不全が悪化する要因となります。

  • 塩分の摂りすぎ:塩分を多く摂取すると、血液量が増加して心臓に負担がかかるため慢性心不全の原因となります。
  • 肥満:肥満により心臓の筋肉は慢性的なエネルギー不足の状態となるため、心不全になりやすくなるといわれています。
  • 喫煙:たばこを吸うと、動脈硬化や血栓の形成が進むことから、虚血性心疾患を引き起こす原因となります。
  • 加齢:加齢による心臓や血管の変化が主な原因となり、高齢者は心不全のリスクが高くなります。
  • 脂質異常症:脂肪細胞から出る多様なホルモンが高血糖、代謝異常、高血圧などを誘因となる動脈硬化がリスク因子となり、心不全の原因となることがあります。
  • 糖尿病:糖尿病が直接心筋にダメージを与え心臓のポンプ機能を低下させることで発症する心不全糖尿病性心筋症とよばれます。

糖尿病が心臓の血管(冠動脈)の動脈硬化を進行させて狭心症や心筋梗塞を引き起こし、重症化すると心臓のポンプ機能が低下し心不全を発症することがあります。これは虚血性心筋症と呼ばれています。

慢性心不全の診断

慢性心不全の診断には、問診や心電図、胸部レントゲン、心エコー、血液検査などの検査が行われます。息切れや動悸などの症状があるか確認する問診をはじめ、心臓の状態を把握するため、さまざまな種類の検査を行います。代表的なものは以下のとおりです。

心エコー検査 :心臓の状態や働き、弁膜症の有無などを確認します。
胸部レントゲン写真:心臓の拡大、うっ血や胸水の有無を確認します。
心電図検査:心臓の電気信号を読み取ることで、心筋梗塞や不整脈の有無を調べます。
採血・血液検査:NT-proBNPを含めた採血検査で心不全の程度を判断します。心臓に負担がかかると濃度が上がるBNPというホルモンの値を測ります。心臓の機能低下の早期発見にもつながります。

慢性心不全の症状

心不全の主な症状には、息切れ、むくみ、体重増加、動悸、咳、食欲不振などがあげられますが、心不全は良くなったり悪くなったりを繰り返しながら経過する病気なので、上手に付き合っていく必要があります。

左心不全による症状

初期の左心不全では、肺うっ血によって、労作時の息切れ、動悸、疲れやすさなどを感じますが、安静時には無症状であることが多いです。

重症化すると、安静時にも動悸や息苦しさを感じるようになります。また、体を横にすると心臓に戻ってくる血液量が増えることで息苦しさを強く感じ、座ると息苦しさが軽減される起座呼吸(きざこきゅう)がみられることもあります。

右心不全による症状

右心不全では、右室のポンプ機能が低下することにより、右室や右房、さらに上流にある全身にも血流が溜まり、体静脈がうっ血します。これにより、顔や足のむくみ、体重増加、胸水*などの症状がみられます。そのほか、食欲不振、便秘、悪心、嘔吐、腹部膨満感などの症状もみられることがあります。

心拍出量低下による症状

心拍出量低下によって起こる症状としては、疲れやすさ、脱力感、乏尿(ぼうにょう)、夜間多尿、チアノーゼ、四肢冷感、記銘力(きめいりょく)や集中力の低下、睡眠障害、意識障害などが挙げられます。ただし、これらの症状の現れ方には個人差があり、自覚症状がない人もいます。

心不全の症状は、心臓にもともと備わっている代償機転が破綻したときにあらわれます。代償機転とは、失われていく心臓のポンプ機能を、心臓自らが何とかして補おうとするはたらきのことです。

心臓のポンプ機能が低下すると、心臓の拡張と収縮によって送り出せる血液量である心拍出量が減少します。そこで、心拍出量を維持するために、心臓が大きくなります。心不全患者さんの心臓が正常な方よりも大きいのは、このためです。

心臓のポンプ機能が低下しても、しばらくの間は大きくなった心臓が心拍出量を維持しようとするため、症状はあらわれません。しかし、心臓がこれ以上大きくなれない状態になると、代償機転が破綻して、心不全症状があらわれます。

慢性心不全の治療法

慢性心不全の治療には、薬物療法、運動療法、食事療法などがあります。また、心不全の原因となっている病気に対する治療も行います。心不全の治療は原因によって異なります。

原因となっている病気の治療をおこなう

心筋梗塞、心筋炎、心臓弁膜症、高血圧などの慢性心不全の原因疾患を特定し、その治療を行うことで慢性心不全の症状の進行を食い止めることができます。

心筋梗塞や狭心症の治療:薬物療法やカテーテル治療、冠動脈バイパス手術

心筋炎(特に拡張型心筋症)の治療:標準的な内服治療、両心室ペースメーカー治療(心室再同期治療;CRT)、補助人工心臓や心臓移植、心筋切除術

心臓弁膜症の治療:弁置換術や弁形成術などの開胸手術、カテーテル治療

高血圧の治療:生活習慣の改善(非薬物療法)と薬物療法

生活習慣を見直す

慢性心不全の病状の進行を防ぐためには、生活習慣の見直しも必要です。

慢性心不全の生活習慣の改善には、食事、運動、体重管理、禁煙などが挙げられます。

塩分制限:食事療法で、一番重要となるのが食塩制限です。塩分の成分であるナトリウムは水を身体に溜め込む性質があり、摂り過ぎると血液量が増加して心臓に負担がかかります。軽症の人は、食塩摂取量を1日7g以下、重症の人は1日3g以下に制限しましょう

体重管理:心不全の患者では、体重を毎日測定して管理することが大切です。体重の増加は水分の過剰な蓄積を示す可能性が高く、心不全の悪化のサインとなるためです。

禁煙:喫煙による動脈硬化や不整脈、虚血の悪化などが、心不全の悪化につながります。心不全を悪化させないために禁煙は必要です。

適度な運動:適切な運動は、体力の向上や筋力の維持、さらに心臓の負担を減らすことにもつながりますので、積極的に行うことがすすめられています。医師からの注意点を守り、病状にあわせて軽い運動から始めましょう。

薬物療法

心不全の薬物療法に用いられる薬には、心臓にかかる負担を軽くする薬症状を改善する薬、不整脈を抑える薬などがあります。

息切れ、むくみの改善のために利尿薬を使います。また、β遮断薬(ベータしゃだんやく)や、ACE阻害薬・アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬を使用することで、心臓への負担を減らし、低下した心臓のポンプ機能を補います。場合によっては、強心薬が使われることもあります。

慢性心不全の新しい治療薬として、2020年にエンレストという飲み薬が登場しました。エンレストは心臓に負担をかけるホルモンの働きを抑えるとともに、心臓を保護するホルモンの働きを強めることで、従来の薬よりも強い心保護効果が期待できるお薬です。

薬物治療の目的は、症状を改善することで入院することを防ぎ、生活の質をあげ、長生きできるようにすることです。

慢性心不全を予防するには

心不全になって入院しても、多くの人は治療がうまくいき退院できます。それは心不全が治ったわけではなく、慢性心不全へと移行したのです。つまり心不全は治らないので、心不全にならないための「予防」が重要です。

気になる症状があればすぐに受診

心不全は病状が進行し、末期になると有効な治療法がないため、早期発見が重要です。

動機を長く感じるようになった、息切れやむくみなどの症状が持続的に続く、または急激に悪化する場合は、すぐに医療機関を受診することが必要です。

心不全の気になる症状としては、以下のような点があげられます。

  • いつもより息苦しい
  • 体重が増えている
  • 足や顔(特にまぶたで分かりやすい)がむくんでいる
  • 坂道・階段での息切れ
  • 横になると咳が出たり、息苦しくなったりする

規則正しい生活習慣を実践する

心不全は予防できる病気です。心不全の予防は、原疾患の治療と引き起こす要因を取り除くことです。規則正しい生活習慣を身につけることで、高血圧や糖尿などの生活習慣病予防にもつながります。

高血圧症が原因の心不全は、心不全の3大原因の中で2番目に多いため、高血圧が心不全をおこす危険性が高いともいえます。虚血性心疾患による心不全も多くみられます。

虚血性心疾患の予防には、動脈硬化の予防が大切であり、虚血性心疾患を引き起こす危険因子である高血圧、喫煙、高脂血症、糖尿病のコントロールなどが必要です。

慢性心不全に関するよくある質問

当院によせられる「慢性心不全に関するよくあるご質問」にお答えします。

慢性心不全の予後や余命がよくないって本当ですか?

慢性心不全の予後は、年齢や原因疾患、重症度などによって大きく左右されますが、心不全患者の予後はあまりかんばしいものではなく、1年死亡率は、最も重篤な人(NYHA分類Ⅳ度)で50~60%、次いで症状の重い人(同分類Ⅱ~Ⅲ度)で15~30%、軽い人(同分類Ⅰ~Ⅱ度)で5~10%となっています。心不全と診断されてから5年で、約半数の人が亡くなると考えられています。悪性腫瘍(がん)の生存率に匹敵するほど不良な疾患です。

慢性心不全では塩分だけでなく水分制限もあるって本当ですか?

慢性心不全では、塩分制限に加えて水分制限も必要になる場合があります。これは、過剰な飲水や塩分が心臓に負担をかけるためです。軽度の心不全の場合、水分制限は特に必要ではありませんが、一度に大量の水分を摂取すると体液が急激に増加し心不全が悪化する可能性があるため注意が必要です。ただし、重度の心不全や腎機能障害、低ナトリウム血症の際には水分制限が求められることがあります。また、心機能が著しく低下している場合には、1日あたり1000ml以下に抑える必要があるので、十分な注意が必要です。